Saturday, February 28, 2015

激痛とともに

窓があるのと赤い壁がすき(Ocean Island Inn, Victoria)

「ここに決めた」と、とりあえず一ヶ月の滞在を決めて翌日、月のモノがいらした。

いつもだったら布ナプだけど、不安定な生活環境ではうまく使えないので紙ナプキンを大量に用意して行った(もちろん布ナプは8〜9枚用意していて、落ち着いたら使おうと思っている)。


程なくして、キタキタキタキタ!!激痛の嵐

10年前に生理痛が原因で救急車で運ばれたことがあるけど、それ以来の激痛だった。

ドバー と出てくる冷や汗と、体の震えと、動悸息切れ 全部来た。
ワナワナなりながら部屋に戻って、2段ベッドの上段へと必死で登り、
ゴロンと転がって、たまたま部屋にいたダイアン(安全という表現をした人)に

「ダイアン… み…水を…」とお願いした。

「え? どうしたの?」と言われたから 

「生理ハジマッタ」 と言ったら、

「あぁ!わかるわ。あなた何歳? 私もひどかったのよ。もう開放されたけどね♪ 他に何かできることは?」と言われたので、

(微笑む余裕もなく)「く、薬がそのスーツケースの中に入ってて、鍵はかかってないから開けて取ってください 涙」とお願いした。

世界中に存在する女性の共通項がありがたかった。



落ち着くまでは、 ジタバタ「うぅぅぅぅ・・・ くぅぅぅ 涙」と、もがき苦しんでいたのだけれど、その間中ダイアンがそばで見守って

「深呼吸よ。 女性は出産するのよ。その時だって呼吸が体を楽にしてくれるのよ。力を入れてはダメよ。」と励ましてくれた。


息を整える努力をしてしばらくすると薬の助けもあって、かなり楽になってきた。

「今日は一日ゆっくりしておくのよ。」

と、ダイアンは微笑みかけてくれた。




ストレスが体に出やすいよ と言われたこともあれば、自分でも心当たりがあるので、
きっとこっちに来てからの生理はひどい生理痛だったりするんじゃないかなぁ と思っていた。

最近ではほとんど飲まなくなってたけど、やはりココぞという時に使うべき薬(鎮痛剤)は持ってきて正解だった。


最悪の状態の中でも不思議と今回の生理に対する嫌悪感はなかった。
そりゃぁ想定外でもうびっくりしたし苦しかったけど、痛みが引いて汗が引いてきてヒンヤリの中で、ダイアンにへへへ…っと照れ笑いするくらい。


思えば私を囲む環境は様変わりしたし、その前からも「ちゃんとやれるかなぁ」っていう不安感を持っていたからストレスは大きかったと思う。

そしてきちんと安心できる場所を見つけて、素直にそこへ留まって、安心して生理を迎えれて、激痛やらなんやらとともにデトックスしたな というかんじ。
毒を出す時って一番苦しかったり、一番つらかったりするものだ。好転反応ってやつ。

そんな生理痛、医学的にはダメだ!なんて言われるかもしれないけど、なんか私は嬉しかったなぁ。


最初の方だけでも慣れた使い心地のナプキンや、鎮痛剤、お腹を温めるもの とか持っていったらいいですね。もちろんこちらにも売ってますよ!だからナプキン1年分(笑)なんて持ってこなくて大丈夫だと思います☆

長いこと過ごした日本を離れて、慣れない環境へ一人きりで来るって大変なことです。行く先々に知り合いが居たとしても、周囲環境の変化は多かれ少なかれ体に影響するんじゃないかなぁ…
自分が心地よく暮らせるようにしていきます。


あぁ、本当にありがとう〜!



Friday, February 27, 2015

ここにする

このホステルを拠点に(Victoria BC)

ビクトリアに着き、バスのおばさんに降車場所を教えてもらって、しかもホステルまでの道まで教えてもらったのに、速攻で間違えました。

キョロキョロしてたらおじさんに「どこか探してる?」と聞かれたのでホステルの場所を言ったら、「道をわたって、まっすぐ行くと右側に見えてくるよ。よい旅を。」と教えてもらった。

おじさんから優しいエネルギーが出ていて、私はすっかり安心した。


無事にチェックインし、荷物だけ預けて街をブラブラしていると「素敵な日を!」と通りがかりの人に言われた。


ほっこり。「あなたもネ!」と言えた。


お腹が空いてあるサンドイッチ屋さんに入った。
中国あるいは台湾人と思しきおばさんのお店。隅から隅まで本当に優しい。サンドイッチもスープも美味しくて、しかも少しおまけしてくれて、+フォーチュンクッキーまでくれた(笑)

あぁ落ち着く…。

近くのモールに座ってるとうちの近くのイオンにいるみたいだったし、併設されてるデパートのようなところは井筒屋みたいにコンパクトで落ち着いた。

はぁ〜‥ ココいいなぁ〜 と思った。
そして私都会に住めんのやなぁ と確信した(笑)


ホステルで預かってもらった荷物を四階まで運ぶのに困っていたら、おじさんがその重い荷物を運ぶのを手伝ってくれた。

なんてこったい!優しい人ばかり!


部屋はドミトリー6人部屋だけど、みんな綺麗にしてるし、あと女神様みたいな人がいる。安全って感じられる人。


安全だし、街も綺麗だし、人も優しくて笑顔が素敵だし、ここに住みたい と思った。


そしたら自然に行動になって、
手始めに3月いっぱいはこの場所に滞在する。



Thursday, February 26, 2015

ビクトリアへ

BCフェリー Tsawwassen - Swartz bay

ビクトリアへは、バンクーバーから一時間ほどの場所にある Tsawwassen ツワッセン というターミナルへ行かないといけない。

バンクーバー市街からバス・フェリーがパックになったプランもあるようだけど、
自分で路線バスとフェリーを乗り継げば、その半額くらいで行けるらしかったし、
まぁ観光・・・でもないので自力を選択した。

TRANSLINK でバスの時間を調べるも、私このウェブシステム使いこなせなくて…
超わかりにくい。
だって元々どこに行きたいのか地名がわからないんだもんなぁ‥

が、今回はきちんと調べれました。

【わたしのTIPS】

  • スカイトレインのカナダライン(Canada Line)路線に乗って
    Vancouver City Centre駅 から Bridge port駅 へ(2ゾーン $4)
  • Bridge Port Stn Bay 4 から #620 に乗ってツワッセンフェリーターミナル(Tsawwassen Ferry Terminal)へと行く(2ゾーン)
  • BCフェリーターミナルでチケットを購入 
    BC Ferryのウェブサイトでスケジュールなどが載っていますのでチェックしたらいいです。 BC Ferry  Tsawwassen-Swartz Bay スケジュール

    $16.25 で、クレジットで買うなら機械での購入ができるのであまり並ばなくて良いです☆

    出港から1.5時間で スウォーツベイターミナル(Swartz Bay)に到着します。
  • Swartz Bay から #70 か #72 のバス(2階建てが目印って何かで見ました)に乗って、ビクトリア市街地へと向かいます(所要時間 1時間ほど)。

    $2.5 でお釣りは出ませんのできっちり用意しておいたほうがいいです。
    BC Transitのサイトのほうが時刻などを調べるのに優しい!デザインも好きです(笑)

以上です☆

バスを降りる場所を間違えないように緊張して乗っていたのですが、おばさんから
「どこで降りるの?」と言われ、説明したら
「降りるところ教えてあげるから、背もたれにゆったりしておきなさい 笑」 と。


優しくて嬉しくて、とてもいい場所だって直感でわかりました。


Wednesday, February 25, 2015

流れをつかむ

水面がキラキラ(Quay Market, North Vancouver)


ある日から流れが変わってきたのを感じた。

ホームシックをしこたま味わった(ホームシックに徹した)あとからかなぁ…。



バンクーバーのダウンタウンは、(私には)あまり魅力的ではなかったけれど居なくちゃいけなかった理由があったと思ってる。

Michiさんに出会わなければSINナンバーも取れていなかったし、
SINナンバーが取れることが決まらなければ、次に行く場所も決まらなかっただろう。


流れがある。
しっかり感じられる。

身をね、ただゆったりと任せるんだよ。

ありがとう

パベル

おだんごクエストなう (Canada Place)

バンクーバーで泊まってたホステルのチェックアウトまであと2日くらいだな となって、
チェックアウトを延長するか、どっか近くの違うホステルに泊まるかを考えていた。
はたまた響きが気になる Squamish(スコーミッシュ)へいくか…とか。



なんかピシッとこないんだよなぁ と思っていたら、
同じ宿に泊まるおいさんがきた。

私の指輪(クオーツやらパイライト、メノオなど)をみて、「石が好きなの?これはクリスタルだね… う〜ん、珍しい。自分もどこそこで綺麗な小石を集めているんだ。」と小石コレクションを見せてくれた。

その中の海苔で覆ったおにぎりみたいなツルっと丸い三角の小石(パベル)をくれた。

「これはVictoria(ビクトリア)のビーチで拾ったんだ。」

悪い感じはしなかったので、私はもらった。

おいさん曰く、「リフレクソロジーに良い」とのこと。



「これからどこに行くんだい?」と言われて、

「わかんないんだよね…、バンクーバー島気になってる。Nanaimo(ナナイモ)とか良さそう」って言ったら、

「ナナイモは特別に何があるわけじゃない。トフィーノがいいよ。」

とTofino(トフィーノ)について教えてくれた。

トフィーノはバンクーバー島にあるBC州の州都、ビクトリアから西へ車で1、2時間くらいのところにあるらしい。


「海がすぐそばにあって、温泉があって、すぐそこにはトレッキングができるところや、サイクリングの道があって、本当に素晴らしい場所なんだよ。」と言われた。

「そうだな、アドバイスだけれど、片道切符で行くといいよ。帰りはホステルとかで仲良くなった人に乗せてもらうんだよ!」

聞いててなんだかワクワクした。
チェックアウト直前、トフィーノ方面行きが濃厚になってきた。


チェックアウト前日にトフィーノの場所をチェックしたら、その前にビクトリアで数日を過ごした方が良さそうな気がした。

またおじさんが来た。

「トフィーノいつ行くの?」 というので、

「とりあえずビクトリアに行って、情報を集めてから行こうと思う。」と言うと、

「小石をたくさん見つけれるね! どこに泊まるんだ?」と聞くので、

「オーシャンイン だよ」

「それがいいだろう!」と太鼓判を押された。


おじさんはまた「見せたいものがある。」と、その夜も石を取り出した。

ボーダー模様の綺麗な小石だった。
水で侵食された柔らかい部分は削られて、硬い部分は残り、ボーダーになってる感じだった。少し凹凸もある。なめらかな部分と、少し粗い部分が交互にある感じ。

おぉ!といえば、「とっときなさい!」だって (笑)



私はパベルを2つゲットした。

Tuesday, February 24, 2015

SINナンバー取得

シーバスでダウンタウンへ向かう(North Van)

どっこいしょ の奇跡 の続き


Michiさんとご主人とお茶をした翌日、私はSINナンバーを取るべく SINCLAIR CENTRE (シンクレア・センター)へと向かった。

持っていったものは、
  • パスポート
  • ワークパーミット
  • 住所のメモ
シンクレア・センター内の SERVICE CANADA CENTRE(行った時は、工事中でいつもと場所が違っていたようでした)へと向かい、
受付の方に SIN ナンバーを取りたいウマを伝えます。
名前を呼びますから待っててくださいね っと20分ほど座って待ちました。


聞かれたこと
  • これが初めてのアプライか
  • 父と母の名前 母に関しては旧姓
  • 電話番号(なければ良い)
  • 住所
でした。


その後、「じゃぁ発行してきますね〜」と言われて、ペラッとした紙一枚に社会保障番号が書かれていて、「これがあなたのSINナンバーですから、この紙は大切に保管しておいてくださいね。」と言われます。


カードが廃止されたので、即日発行が可能になったのはありがたいですが、
正直、カードとかじゃないので え! と思いました(笑)

雇用者とかにはこれを見せてくださいとのこと。
また、これで銀行口座も開けるらしい。


日加センターの方には、合わせて日本領事館への在留届けの提出も進められましたが、
こちらはきちんとしたお家が決まってからのほうがいいですよ(引っ越したら知らせないといけないので)っとのことでした。


以上

どっこいしょ の奇跡

ノースバンクーバー Quay Market からのダウンタウン

SINナンバー(社会保障番号)を取れば仕事がすぐにでもできるな〜 とぼんやり思っていた。
日加センターという留学やワーホリサポートをしてくれる場所(日本人が経営している)があったので聞きに行ったところ、想定よりも簡単に取れることがわかったけれど、

取るためにはこちらでの住所が必要なことも分かった。

『お友達やホームステイ先の住所を貸してもらって構いません。今はその場で番号も発行されますし、何か封書が届くこともないんですよ!引っ越しても届けなくて大丈夫です。』
と言われたけれど、そもそも知り合いがゼロな私なので、そっか〜… と少しフクザツな気分だった。

(やっぱり家を決めないとかなぁ〜)

とか

(お友達伝いに無理を言ってみるか〜…でも直接会ってお願いしなくちゃ礼儀がないなぁ〜…)

とか…


うーん…   まあいいか。(苦笑)と、
その日行きたいな〜 と思ったノースバンクーバーへ向かうことにした。
快晴、美しい日だったので、シーバスに乗りたかった。


ノースバンクーバー側につき、何をしようかなとベンチで荷物をゴソゴソしていたら
そのベンチに腰掛けるおばさまが、「どっこいしょ」と言ったのを聞き逃さなかった。

「もしかして、日本人ですか?」

と聞けば、「あら!あなたも?」とおばさま(Michiさん)は笑顔を向けてくれた。
そして、「さっきだったら主人とお寿司のランチしてたんだけどな〜…主人は歯医者に行ってて‥ そうねぇ、あ、お茶しない?」とお誘いをくれた。

話していけば、彼女が北九州に10年間住んでたこととか、私もたまに飲んでいた健康食品の愛用者であることとか、なんだか おっ という出会いだった。
何よりMichiさんのキラキラした笑顔に心が惹かれた。


Michiさんはとても意識が高い方で、守られている人のようだった。
すべてを享受しているような感じ。
そしていろいろな現象にも出会われていた。太陽みたい。美しい人だった。


私達は名前や住所、お互いの情報をシェアした。
住所を教えてもらった時に、手紙を書こうと思った。
どうせ暇だから、身の回りの困ったことがあったら頼ってもらって構わないんだけどなぁ〜とも思っていた。
申し出たら、それについては断られた。


そして、ハッとあることが浮かんだ。

『住所、使わせてもらえないかな…』と。

その頃には、ご主人も歯医者から開放されて私達と合流していた。

そして私は意を決して「あの!お願いが…。」と斯く斯く然々を説明し、住所を使わせてくれないだろうかとお願いした。
 
「ぜひ、頼まれたいわ♪」と、Michiさんとご主人は笑顔で快諾してくれた。


初めて会った人に住所を使わせてくれなんてお願いするなんて思っても見なかったんだけど、
目に見えない確信みたいなもの、「この人達なら大丈夫、OKっぽい」というのもあったからある安心していた。



まぁでも、後で同じ宿に泊まる日本人の女の子にその話をすると、

「よく頼めましたね、初対面の人なのに。」

と冷静に言われたが(確かに 笑)、それでいいのだった。




ラッキーです! 本当に!(涙)

ありがとうございます。


【続く】

***
追記) 私は本当にラッキーだったと思います。ベストなタイミングで本当に必要な情報が得られたように思います。なんの疑いもなく信頼できる人だったので、こんな厚かましいお願いも出来ました。頼れる人が最初からいれば、知っていれば、それに越したことはないのかもしれません〜…△▲△

誤解のないように追記をしておきます。


日本を想う

イヌクシュク (English bay)

到着して気づいたのだけれど、私はこちらの情報を全くと言っていいほど集めていなかった。
ガイド本も持ち物リストに入らなかった。


到着後1週間だけは宿を予約して、右も左もわからないこの街に降り立ち、一週間の間に次を探そうと思った。
みんなに『大丈夫なん!』と言われていたけれど、それでいいと感じられたのでそうしたのだが…
とりあえず、時差ボケを直しながらのスタートとなった。

2〜3日が経って、私はかなり疲れてきた。英語環境だったり、日本との勝手の違いが私を疲れさせてきた。 なんだか悲しくなってきて、涙も出た。
何も決めずになぜ来たんだろうか〜… と思ったが、今思うと後悔をしたりはしなかった。
英語を話すのにも慣れなくて、やっぱり学校に行こうか‥ とも思ったけれども、やはりそれもピンと来なかった。



ただひたすら、日本のことを想っていた。

『外国に行くっていうのは、自分が生まれ育った国を想い返すことだよ』っと誰かが言ってたのを思い出した。

あんなに出たかった場所なのになぁ… と、ビーチでジャパドッグ(日本人経営のホットドッグ屋さん 大根おろし味 美味!)を食べながら泣いた。

私をここまで育ててくれたお母さんとお父さんを想った。

大事な友達のことを想った。

日本で出会った留学生や外国人のことを想った。

お母さんを想った。


ホームシックが早いな と思った(笑)



1日か2日くらいひたすらに日本を想った。
どんなことを想ったのかな。 忘れちゃった(苦笑)
自分の国とかアイデンティティ、でも日本人であるけど地球人でもあるからここにいる権利があるとか、そういうの。

日本とカナダを比べることはしなかった。
うまくコミュニケーションをとれていない気がしてヤキモキしたりはするけど… あぁ〜今度はこう言おう〜 とかそういう風に反省をした。

ホームシックになっちゃった って思うよりも、ホームシックになったから、ひたすら日本に想いを馳せよう!!!と決めた。

だから、もういいやっと泣きながら街を歩いて、お母さんやみんなにありがとうって言って、
ここに居させてくれる存在のことを想った。


お母さんは「疲れるのは当たり前。環境が変わったんだから!」と、そこからは優しさが感じられた。


そのあくる日は気分がすっきりして、好転している感じがした。


別に何も根拠はないけど、でも見えるものが違ってきた気がした。
目には見えなくとも、感じられるもの。



自分が半歩でも一歩でも適応してきてることが感じられた。

ありがとう

入国審査

空港は素敵な場所でした〜!(YVR)

入国審査はアメリカ・カナダともになんの問題もなく通過しました。

聞かれたことを思い出す限り書くと
  • 何をしに来たのか(目的)
  • (ワーホリだったので)仕事はなにか考えているのか
とかそんなものです。
私は普通にまだ決まってなくて観光やホテル関係の仕事ができたらいいと思ってると言いました。
むしろワーホリの場合は、仕事が決まっていたらダメだったはず…


アメリカ経由の場合は、ESTAの取得を忘れないようにしてください。
話では、LAX空港での入国審査が1時間はかかると聞いていたのですが、全くかかりませんでした。
多分なんですが、入国審査が機械化されていたためかと。

お持ちのパスポートでアメリカへ入国するのが2回以上の時は、機械での入国審査が受けられます。
私はパスポート更新をしたため、本パスポートでの入国は初めて。そのため審査官のラインに通されました(結果的に要した時間は30分未満)。



カナダ(YVR Vancouver International Airport)での入国審査後は、手荷物受取り所で荷物を取り、イミグレーションへと進みます(別途ゲートあり)。
到着時刻が20時過ぎと少し遅かったためか、1分も待たずに手続きが出来ました。


パスポートとビザ発給許可レターを係の人に手渡します。
  • 仕事が決まっているのか
  • 何をするつもりなのか
を聞かれ以上で終わりました。

片道航空券だったし、残高証明書(英文)を 念のため(地方銀行で発行 ¥540) 持って行っていましたが、何も言及されませんでした。


【EXITへ】

Friday, February 20, 2015

LAXでのトランジット 【ターミナルを探す編】

ロスーカナダ便(エア・カナダ)から見えた夕焼け

【続き】
LAXって、バカでかくて右にいっていいのか左にいっていいのか… 
なんせターミナルの数が半端無い(第1〜7ターミナル+TOM BRADLEY)
(苦笑)

荷物を再度預けた時に、係りのおじさんが「エアカナダならターミナル2だよ」と教えてくれたんだけど、

そのうちの『2』しか聞き取れなくて…


「2?」
「yes 2‼︎」

だけで到着ターミナルから出たんだけど、2が何を示すのかわからないまま外に出た。

とりあえず歩いてたら、4とか5とか見えてきて…

【2 ってターミナルの番号か】

と気づけたからよかった〜。


が、ほんと広いんよ。

ウロチョロしてたからか、でっぷりしたおばちゃんが、「なんか助けが要るかしら?」と話しかけてくれた。

「ターミナル2に行きたいんだけど…」

井戸端会議の相手だった、交通整理のおいちゃんに 「第2ターミナルの行き方知ってる!?」って聞いてくれて…

「残念ながら、反対側なんだ。ドーノコーノ…」
教えてもらったはいいが、ナンノコッチャって感じがバレて、

「連れていこか?!」と言われたのでお願いした。
おばちゃんは手をつないで連れてってくれた (ホロリ涙)

「ココ!ココからシャトルバスに乗るのよ!」
と、シャトルバス乗り場に連れてってくれた。



【TIPS】
LAX ではターミナルを出ると、車道が見えます(それが超混雑してて!)。

中央分離帯になっている場所の上に一定の間隔で看板が見られます。
上を見ると看板があって、その色が赤だったり、青だったりするんですけど‥

青色の看板がその他のターミナルへの無料シャトルバスバス乗り場
LAX Connection 
って書いてたかな…

何台かバスが来ます。  

AとかC とかもう一つくらい…

その中のAがターミナル間をつないでいる循環バス(無料)です。
一応、"Is it going to Turminal 2 ?" と尋ねました。

時間が限られているので再三の確認が必要と感じられました。


運転手は、無言で少しだけ頷いたよ。

【完了】

LAXでのトランジット 【荷物編】

アメリカ西海岸が見えてきた (USA California)


さて、日本の19日にバンクーバーへつきました。
ロスでトランジット(5時間)だったので、18時間を移動に費やしました。

日本を18日の19時半頃に出て、
ロスには18日の11時頃着き(現地時間)、17時過ぎに再度発って、
バンクーバーには同日20時頃着きました。

どうしてもシンガポール航空に乗りたくて!

チケットは片道を選択し、エクスペディアにて予約、料金は8万円弱でした。
もう少し遅く予約したら、もう少し安かったかも(原油価格下がったもん)。悲しみたくなかったので、見ませんでした(笑)


成田でチェックインしたときにLAXでの乗り換えのことを少し詳し目に聞きました。
なんせトランジットは初体験だし。

「荷物を取って、そしてその後に荷物を置く場所があるのでそこに置いてください☆」と言われました。

実際行って…


到着ターミナルは TOM BRADLEY INTERNATIONAL TERMINAL です。
(以下記憶が曖昧)
荷物は Baggage claim にて一旦回収すること。

EXIT の方へ行き、税関申告書を渡す(私は呼ばれて行って紙を渡して、何も言われず開放でした)
ゲートを出て Connecting flight(だったかな…)という看板を目印にそっちへ向かう。
ゲートを出たら右でした。
再び、荷物を預ける場所が現れました。
人がいて、荷物を手渡したらすぐに乗継便のターミナルを教えてくれました。(成田でのチェックインの時に、ターミナルとゲート番号はわからないので現地で聞いてくださいッて言われた)。

完了(出口)



こんなかんじだったと想います。
Baggage claim内に乗継用の荷物預け場所があるわけではなかったです。

【続く】


東京での数日間

夕暮れ表参道(東京)

15日に北九州を旅立ち、東京で4日間をすごした。

毎日いろんな人と遊んで
街やモノには目もくれず遊んで、
街中で胴上げされるなんて言う素敵な思い出も作れたし…(笑)

日本での最後の食事まですべて美味しく頂いた。


調整をするための4日間、
更にすべてが一本の筋になって私の中を通り抜けた感じ。

全てはつながってる。
確信できたし、これからも安心できた。


バッチリ調子は整い、私はバンクーバーへと向かった。
これでもかー! っとみんなに盛大に送り出され、私は本当に幸せ。


ありがとうございます。
ありがとう。

Friday, February 13, 2015

さすがの母

ライラちゃん(鹿児島)

いっぱい荷物を持って行こうとしている私を見て

『多すぎる(ピシャリ)』と言った母にイラッとしたけど、

荷物を2人で詰め込みながら、


『持って歩ける分しか持って行けんでしょ。あんたの体力のことも考えな(ピシャリ)』

と言われて たしかに とスススと決まっていった。


お茶だけじゃなくて、出汁(粉)や吸い物(永谷園)を持って行こうとしてた私(未練 笑)に苦笑いで
『日本の生活をしたいなら、あんた行けんばい。(ピシャリ)』と言い放ち、

私はお茶(ほうじ茶・緑茶・昆布茶)だけ持って行くことを許されたのであった(笑)




ただお母さんは、旅行の時に下着を平均3枚/泊もっていくんだけど 笑

お役所系など

福智山山頂より (福岡県)


忘れないうちに、手続き関係のことを。

転出届、私は出しました。
転出届などを出さずに、健康保険を活かしといて、帰国後に(医療機関を使った場合は)返金してもらう とか言うのもあるけど
海外旅行保険には入ろうと思ったので、転出届を出して、健康保険料や国民年金の料金は払わない っと選択しました。


私は北九州に住んでいますので、住まいの区役所に行き転出届を出しました(印鑑必要)。
国民年金のことがよくわからなかったので、ついでに国民年金の話も隣らへんにあった年金課のデスクで聞いてスッキリして帰りました。


問題なく、サササッと手続きは終わりました。



それと携帯解約の件
ドコモのiPhoneを使用中です。
当初は違約金を払って解約をしようと思っていましたが、
番号保管 っていう選択肢があります。

手数料1000円 + 400円/月 (最長3年)(メールアドレスもさらに+数百円で保管できる)

なので、1年だったらこちらのほうが安いかな。

保管期間中は月々サポートもストップ、機種代もストップします。
帰国後に再開されるわけです。

月々サポートを満期まで使いたければ、帰国後その期間が終了するまでの機種変は出来ないそうです。
新しいのが良ければ、未払の機種代を払いつつ、新しい機種に変更して〜… ということのようです。


即日開始なので、これは行く直前にやることをおすすめされました。
ちなみにdocomoでのiPhoneのSIMロック解除は出来ないとのことです。

以前使っていたブラックベリーはSIMロック解除できるらしい。
よっしゃ〜

気づけば出発間近

蛹も羽化の準備中 (河内貯水池周辺 北九州市)


荷造りがひと通り終わりました。

持っていくものは多分少なくて…
けれどもスーツケースは重くって 何がこんなに重いわけだ? とハテナがいっぱいです。

多分持っていくもので一番数が多いのは靴下かなぁ(笑)
靴も減らした、セーターも減らしたし、Tシャツとかも減らしたし、ボトムスも減らした。


山に行きたいのに山関係の装備は 全く と言っていいほど揃えてません。
この際、あちらで揃えよう。



絶対に必要なものとして
  • パスポート
  • ビザ発給許可レター
  • 保険証券
  • クレジットカード(VISA/MASTER)
  • カメラ(コンデジ/フィルム)
  • PC(Mac book air 11inch)

洋服系
  • フリース2枚(プルオーバー/パーカー)
  • インナーダウン(ユニクロ)
  • ニット(3枚)
  • カットソー(1枚)
  • キャミソール(2枚)
  • Tシャツ(3枚)
  • スカート(1枚)
  • ジーンズ(1本 ホントはもう一本欲しいけれど、スキニー1本。あちらで買う)
  • 楽ちんパンツ(2本)
  • レギンス(2〜3本)
  • 靴下(大量)
  • アクセサリー(私はアクセサリーが好きなので、レギュラーメンバーは持参。天然石のものが多い)
  • レインウェア(1セット)
  • 下着(6日分くらい)
  • スカーフ・ショール(3枚)
  • バッグ(クラッチ・小ザック・折りたたみ式のボストン・ペランペランバッグ)
  • 靴(スリッパっぽい ビルケンシュトックのやつ)

生活系
  • タオル(フェイスタオル3枚 手ぬぐいを6枚ほど)
  • 髪の毛を包むタオル(300円均一のところで売ってた、マイクロファイバー製のタオルドライ用帽子型タオル ドライヤーを持っていかない代わりに買いました。)
  • 布ナプキン(8枚くらい)
  • 紙ナプキン(クッション代わりにもなるので結構持っていきます。)
  • ティッシュ(街頭でちょこちょこともらっていたものなど)
  • お茶(ホテルでもらってきたものとか、好きな昆布茶とか)
  • 化粧品(最小限 基本的に肌が弱いのでファンデーションだけは余裕を持って)
  • 基礎化粧品(試供品 と 小分けしたオイル系など数種類)
  • エコバッグ (2つ)
  • クリアファイル
  • 生七味とうがらし(桃屋 1個)
  • 常備薬


その他
  • 家族や友達との写真
  • ノート
  • ペン
  • 英文残高証明書(意味あるのか不明だけど、片道航空券なので)
  • 国外免許証



くらいかな?

スーツケース (70リットル)とバックパック(30リットル)と思っていたんですが、デイユースに小さなバックパック(PCが入る)を持っていくし、荷物も多くなるからスーツケースに頑張って全部入れり!と母親に言われ、
2人で頑張って荷物を減らしました。

私のことだから絶対に買い物しちゃう。
可愛い可愛いって絶対買っちゃう。
サンフランシスコでもそうやったもんな。


あちらで50リットルとか60リットルの大きなバックパックも買いたいし、結果的に良かった感じがしてる。
1ヶ月くらいはくらせるかなぁ?

カナダで人が生活してるんだから、私だって生活できる。
同じ人間だもん。
特にバンクーバーだよ〜 都会だよ


文面もドキドキしてるね!



さて、明後日、実家の北九州を出ます。


Tuesday, February 3, 2015

桜島は噴火中(鹿児島市)

鹿児島に行ってきた。

いつも結婚式とかで行くことが多くって、落ち着いていくのってこの何年かで初めてだったかも。
大厄なので、厄祓いのために友達の神社(熊本)を経由しての鹿児島訪問だった。


もちろん、たくさん友達にもあったけど
指宿にある祖母家に行った。

墓参りとか話したりとか、ゆっくり何時間かこじんまりと出来たので良かった。
どこに行くわけでもなく、祖母と伯母と私の女3人。

その日の朝、ジャーナリストの後藤さんが帰らぬ人になったというニュースが流れていて、一日そのニュースで持ちきりだった。
祖母にも伯母にも「あんたも気をつけないかんよ。」と言われた。


けど、おばあちゃんには
「一人で行くのね?」と言われ、やっぱり心配だよなぁ… と、「うん〜…」と答えたら、「あっちの彼氏でもおって、一緒に行くんかと思った。」と言われたり(真顔)、

伯母には、
「ま、あんたは外国に行くって言っても納得やわ。何にも左右されずに自分の道を自分で敷いていく感じがするわ。ちょっと家族の中でも違う感じだわ。」と言われた。


意外だった。


話の流れから、今まで全然口にしなかった、大学を辞めた経緯やら、カナダに行こうと思った経緯をつらつらと話していたら、
伯母は半ば関心をしたように、「あんたは良かったわ。そんな風に行くことを決めたんなら、一番良いわ。やっと自分の好きなことができるんやから、楽しんで来ないかんわ。」と言っていた。



家族にも話せなかったことだったのに。
4人いるおば達の中でも、その伯母は『話せる』相手だったことを初めて知った。


その日、私は初めて自分の中に流れるこの家の血を意識した。





ホテルに戻ってしばらくしてから桜島を見に行った。

その日の桜島は、いつになく綺麗だった。
噴煙はすべて南の方へと流れていて、雄大な姿を見せてくれた。

月と夕焼け キレイ キレイね。